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feature article特集
背景はモーターヘッドに掲載された写真を拝借
2025.11.19
RB26ヘッドガスケット開発に関する一連のブログ記事(2025年11月3日〜10日掲載)では、各工程での気づきや検証の結果が丁寧に記録されています。職人ならではの視点や、問題の本質を突き止めようとする探求心が随所に現れ、読むほどに「ものづくりの現場の温度」が伝わってくるシリーズです。
その一方で、内容が専門的であるがゆえに「全体の流れをまとめて振り返りたい」「どの気づきがどの工程につながっていくのかを俯瞰したい」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。
そこで本ページでは、序章から Phase9、そして「おまけ」までの流れをひとつのストーリーとして整理し、開発に込められた哲学・工程ごとの発見・試行錯誤の背景をひと目でつかめるよう構成しました。すでに各記事をご覧くださった方にとっては理解がより深まり、初めての方にとっても開発の“全体像”と“技術の在り方”が自然に伝わる内容になっています。
そして何より、このまとめはガスケット開発だけの話ではありません。ここに記された視点や姿勢は、チューニングすべてに通じる、ジーイングが大切にしてきた技術者の精神と矜持そのものです。RB26が持つ奥深い魅力と、「なぜここまで細部にこだわり続けるのか」という本質を、より立体的に感じていただければ幸いです。
一見ただの薄い板に見えるヘッドガスケットが、なぜここまでエンジンの命運を握るのか──。純正の枠を超えた一枚を求めて歩み始めた理由と、職人として譲れない視点をまとめた序章です。
RB26の純正ヘッドガスケットは、アスベストやグラファイトなどの複合素材で作られた“コンポジットタイプ”。弾力性があり歪みに強い一方、再使用が難しく、高負荷では密閉性能に限界もありました。まずは純正の特性を理解し、改良の出発点となった理由を紐解きます。
RB26エンジンの性能向上が進むにつれ、純正のコンポジットガスケットでは吹き抜けが発生しやすいという課題が明らかになりました。そこで多くの現場で採用されたのが、3〜5層の金属を重ねたメタルヘッドガスケット。特にサーキットやドラッグレースのような過酷な走行環境に対応するため、シリンダーボア周りのビードを強化した構造が主流となっていきました。
エンジン組付けの基本である面研磨を行い、ヘッドとブロックを丁寧に脱脂・セットし、規定の手順で締め付ける──どこを取っても「完璧」な工程でした。しかし、組み上げた瞬間に胸の奥で違和感がよぎります。見落としている何かがある。そう気づくまでに、もう少し時間が必要でした。
ヘッド側・ブロック側ともに入念な下ごしらえを行い、万全の状態で組付けに入ったはずでした。しかし、シリンダー周りのビードが強く押し付けられる構造を見直したとき、“ヘッドは歪まないのか?”という勘がよぎります。アルミ合金のしなやかさが、実は歪みを生みやすい――その可能性に初めて気づいた瞬間でした。
ヘッドとブロックを規定トルクで締め付け、密閉空間となったシリンダーでリークテストを実施。ところが1番・6番シリンダーで微量な空気漏れが発生し、紙一枚ほどの隙間からエアが抜けていることが判明します。面研磨で精度は完璧なはず――それでも起きる“わずかな漏れ”の理由とは?気づきの核心が、ここから見えていきます。
国内外10メーカーのメタルガスケットを購入し、感圧紙で面圧の分布を徹底検証。どのガスケットでも共通して、シリンダーヘッドがわずかに歪み、特定部分に圧力ムラが生じることが判明します。柔軟性のある純正コンポジットとは異なり、メタルは歪みを逃がせない構造。その“見えないたわみ”こそ、密着不良の核心でした。
感圧紙での検証をさらに深め、シリンダーヘッドが締め付け時に“バナナ状”にたわむ構造的弱点が浮き彫りに。端の1番・6番シリンダーだけ面圧が強く出るのは、このわずかな歪みが原因でした。さらに歪みゲージによる測定で、端部の燃焼室まわりに最も大きな変形が集中することが判明。見えない歪みが密着ムラを生むメカニズムに迫ります。
ヘッドの歪みを抑えるため、ついに自作ガスケットの改良に着手。ガスケットメーカーと何十回も往復し、ビードの高さ・角度・バランスを細かく調整しながら試作を重ねました。完成したガスケットでは、1~6番シリンダーの歪みゲージの値が近い数値を示し、ボア周りの当たり方も均一に。約1万キロの実走テストでもトラブルはなく、改善の成果が確認されました。
市販のメタルガスケットでも大きな問題は出にくい──それが長年の常識でした。しかし実際には、目視や計測では捉えにくい“わずかな歪み”や“気筒ごとの微差”が、積み重なることで小さなズレとして現れていたことに気づきます。その違和感を解消すべく探求を重ねた結果、「自分たちで作る」という選択が必然となり、疑問が確信へと変わりました。経験から導かれた答えと、多くの支えへの感謝をまとめたのが、この最終章です。
仕様変更で分解したエンジンを確認したところ、1番・6番シリンダーのバルブ当たり面にカーボンが付着し、その層がわずかな隙間を埋めて密閉を助けていたことが分かりました。まるで人の傷が自然に治るように、エンジンも長い時間の中で“自らバランスを取る”かのような現象に、思わず生命観すら感じた──そんな気づきをまとめたおまけです。